という質問メールがたまにきます。
その答えは既にこのブログで書いてきたつもりですが、あまりにも突飛な事なので、私が冗談でも言っているのかと誤解される場合も少なくないようです。
冗談どころか、大真面目です。
これを理解する事こそが「ブタと狼の分かれ目である」とさえ考えているほどです。
ついでですが「損切りは、ロボットのように感情を切り捨てて行え」というのも、勿論大真面目に言っている事です。
人間ですから、利確すれば嬉しいし、損切りすれば嫌な感じがするのは当たり前です。
だからといって、損切らない事にどれだけ粘着的な執念を燃やしたとしても、マーケットは一切考慮してくれる訳ではありません。
やっぱり、最初に損切りの位置を決めておいて、そこまで動いてしまったら、気持ちが良いとか悪いとかの上のレベルで
スパッ!
と切ってしまえる自己規律が大切です。
この自己規律が保たれているという自信があって初めて、負けトレードの直後にでも、優位性があると判断できるチャンスに遭遇すれば、まっさらな気持ちでエントリーしていく事ができます。
どうせ「スパッ」と切らねばならないのなら、いちいちナイフでえぐられるような苦痛を感じてないで、まるでロボットが動くように感情と別のところで損切りした方が楽に決まっています。
というのを「嘘だ!」と決めつけるのはその人の勝手ですが、それを理想と理解して自分から近づくように努力し続ければ、次第にそれが自然に感じられるようになってきます。
どこまでいっても、利確が「快」で、損切りが「不快」な事は変わらないでしょう。
しかし、その感じとは全く別のレベルで淡々と売買の判断を継続している自分を、ある日突然発見する事は、断じて可能です(=感情が自己規律に一切干渉しない思考の仕組みを作る事は訓練により可能である)。
「千里の道も一歩から」
です。
さて、人間の本能のままにデイトレを繰り返せば、損失が積み上がっていくようにマーケットが出来ているという事は、もう理解できているでしょうか?
「いっちょ、デイトレで儲けてやろう」
なんて無謀な考えでトレードに参入してくれば、3日もしない間に誰でも身をもって経験する事ができます。
もし人間の本能が、デイトレで勝てるようにできていたなら、世界のマーケットや経済システムは、現在のものとは全く違っていたはずです。
本能のままのデイトレでは損失しか作れないからこそ、デイトレーダー以外の職業につく人が絶える事がなく、人間社会のあらゆる経済活動が維持されていけるのです。
この事は今までにも何度も書いてきたのですが、今日初めてこのブログを読む人はとりあえず、
「人間の本能のままに売買して、デイトレで勝つ事はできない」
という事を鵜呑みにしておいて下さい。
鵜呑みが嫌で、ちゃんと理解したければ、このブログの過去記事を順に読んで頂ければ納得してもらえるようになっています。
人間の本能のままにデイトレすれば、絶対に負ける!
が本当だとすれば、では、どうすれば良いのでしょうか?
それは、何らかの優位性ある手法を見つけてきて、厳しい自己規律の下で本能を抑制しながらその手法に徹したデイトレを繰り返す事です。
言いかえると、どんなに優れた手法をもってしても、本能の言いなりになって手法から脱線したデイトレを繰り返すなら、やはり勝てないという事です。
自己規律を守れ!
という事は、少しでもデイトレついて学んだ人であれば、飽き飽きするほど既知の事であるはずです。
ところが、これがやってみた人だけ解るのですが、予想外に難しいのです。
なぜなら、デイトレの判断を自分でする事を裁量と言いますが、裁量するのが自分の脳なら、本能の住処(すみか)も自分の脳であり、それらをシャッターを閉じるように完全に分離するのが不可能だからです。
一旦ポジションを取ったからには、どこかで手仕舞いをする必要があります。
その間あなたの頭の中では、どこで反対売買を行うかについて、めまぐるしい思考が繰り返されています。
が、それら思考の殆どは「雑念」です。
あなたが実行しなければならないのは
「優位性があると認められた手法に従って、ルール通りの裁量判断を行う事」
なのですが、なまじ裁量トレードであるが為に、膨大な雑念の渦によって判断が狂わされてしまうのです。
雑念で判断が狂う、つまり雑念がマイナスの効果を持っているのは、言うまでも無くあなたの本能が雑念の源泉となっているからです。
ここに、魔法のおまじないがあります。
「マーケットさん、どうか私に損させて下さい」
です。
あなたの頭の中では、常に損大利小の傾向をもった思考が渦巻いています。
この「損大利小の傾向をもった思考」というものを分解・分析してみると、結局のところは
「利益は今すぐにも確定したい。損失はできるだけ先送りしたい。
ああ、儲けたい儲けたい。損は死んでも嫌だ~~!」
という、原始的な本能の叫びである事が解ります。
それをこのおまじないが中和してくれるのです。
予定した利確位置はまだずっと上なのに、ちょっとローソク足が陰険な表情を見せるや、途端に
「確実な利確こそ大事。見切千両って言うじゃないか!」
なんてもっともらしい裁量判断が出てきて、つい利確してしまい、その直後から錘(おもり)がはずれたように上昇再開していくのを、あなたは何度見てきたでしょうか?
そうなる前に
「損させて下さい」
のおまじないを唱えてみるのです。
目の前には「含み益」という美女が横たわっています。
ただちにその美女をつかみ取る事は容易です。
でもそこで
「マーケットさん、どうか私に損させて下さい。私には美女よりトントンの女で十分です。」
と唱えて、美女の誘惑に(ちょっとマゾ的に)耐えてみるのです。(「耐える」と言っても、実際にはルールを守っているだけですが・・・)
無論、心の底から「損したい」と思う事なんて不可能ですが、今すぐ利確したいという本能の誘惑に対抗して「こんな利益なんていりません。プラマイゼロに戻っても愚痴ったりしません。」というちょっとプロらしい意見を頭の中に誘致する事は、このおまじないで本当に可能になります。(当然の事ですが、損切りの時が来ているのに「もっと損させて下さい」なんて念じて損切りを遅らせてはいけません。もしこのあたりの見分けがつかないようであれば、あなたはまだ実弾でデイトレしてはいけません。)
でも、もしあなたが優位性ある手法を採用していて、且つその実行ルールが確立できているのであれば、このおまじないを唱え過ぎるという心配は無用です。
このおまじないと共に、目先の小さな損を受け入れながら淡々とデイトレを繰り返す事ができれば、あなたの相場感は、あなたも想像できないほどプロ的なものに急速に洗練されていくはずです。
これがなぜなのかを考えてみたのですが「損させて下さい」という人工的にしか存在しえない概念を繰り返し唱え、更にその結果としての成功体験を積み重ねる事で、潜在意識のレベルで「デイトレ中は損させて下さいと考えるべきものだ」という事が、本能と同じ深いレベルで定着するのではないでしょうか?
「損切りは素早く、利確は遅めに」というのは、論理的な思考を伴うものであり、頭では理解できても本能的なレベルにまで落とし込むには複雑すぎるのかもしれません。
あくまでも私の推測の域を出ませんが・・・?
「マーケットさん、損させて下さい!」
というのは、どう理解すれば良いのですか?