前回の記事で、
「時間とお金は等価である」
と書きました。でも、
「時間はお金で買えないから、お金よりも価値がある」
という意見に反対するつもりはありません。
むしろ賛成します。
ただ、
趣味や娯楽を否定するつもりはありません。
人生、楽しまなければウソです。
でも、時間を「無駄にしてはいけない」という事には多分同意して頂けると思います。
本人はお金をばらまいている意識がなくても、後から財布やポケットに穴が開いていた事に気付き、お金を失っていた事に気付いたら絶対後悔しますよね?
時間も、同じです。
私は脱サラを決めた時から、
「デイトレで稼げるようになろう!」
って本気でしたし、真剣に頑張りました。
関連書籍を連日のように読破し、エクセルでプログラムを書いては過去データで仮説と検証を繰り返し、日々のデイトレの予習と復習にも余念無く、起きている間は無論、夢の中でもデイトレしていました。
でも今、その当時を振り返ると、完全に無駄だったとは言わないまでも、かなり非効率的であった事は間違い無いと思います。
私のブログやメールセミナーを読んで下さっているあなたなら、私が実弾トレードに取り組み始めた初月に50万円以上の利益を得た事をご記憶かと思います。
そして、その翌月から約1年もの間マイナスの泥沼をさまよった事もご存じでしょう。
ズルズルと時間とお金の両方を失いながらも、それでもまだ「安全な方法」を求め続け、本能に従い続けていたのは、
「それも経験のうち」
と言うには、あまりにも無駄が過ぎたと思います。
その証拠に、本当にそのまま行けば退場確実と悟った時点で目が覚め規律を本能に優先させる事を自身に確約したとたんに、収支曲線の向きが変わったのですから。
これを、どの段階で腹の底から理解し、本気で実行できるようになるか?
それが全ての「勝てるようになる事」を目指しているデイトレーダーの、生と死を分ける分岐点になります。
私のメールセミナーの最初の頃にビギナーズ・ラックについて解説した事をご記憶でしょうか?
「ビギナーズ・ラック」とは「運」に関する言葉ではない、というのが私の解釈です。
正しい方法を、人間の本能(欲や恐怖)で曇らせる事なく素直に実行できたら、あっけないほど簡単に勝ててしまう、という事をこの言葉は示していると私は理解しています。
勿論、相場には経験も大切です。
でも、正しい方法を素直に実行しても全く勝てないほど複雑で難しいものでもありません。
完璧とか絶対を求めるから、滅茶苦茶に難しくなってしまいます。
(そもそも、トレードに完璧とか絶対は存在していないのだから、難しくなって当然です。)
「より安心・安全なルール探し」
を始めてしまったからです。
リスクを取る事=トレードする事
だからです。
無意識のうちに、デイトレに安全を求めてしまいます。
その結果トレーダーが転落してしまうのが、
「手法探し」
というマーケットの落とし穴なのです。(本当は正しくないのに、一見、正しい事をしているように見える点で)
「正しい手法の実践を通して、腕を磨いて利益率を上げていく」
という思考が間違っていないのは、ほぼ自明です。
でも、収支がマイナスなまま、
100%無敗の手法など存在しない事は、殆ど誰でも知っています。
でも、
「自分のトレードが、少しでも改善しつつある」
と考える事で「手法探し」が正当化されてしまい、
「規律を本能に優先させる事」
を後回しにして時間を無駄にしている事に無感覚となってしまいがちなのです。
「(今は勝てていないが)いつかはきっと・・・」
というのは、本気を出す事の延期に過ぎない可能性について疑ってみる必要があります。
私のブログ等を、ここまで読み続けてこられたあなたは、既によくいるタイプのブタトレーダーなんかではありません。
デイトレに対する知識や意識レベルでは、平均を遥かに超えているはずです。
でも、もし今も収支がマイナスなのであれば、
「あと一歩」
の勇気を出して前進する必要があります。
その一歩を踏み出すのは人によって、明日かも知れないし、1年後かも知れないし、結局その一歩が踏み出せないまま退場となるかも知れません。
だったら「一刻も早く」が正解でしょう。
「ブタではないが、狼でもない」
のでは意味がありませんものね?
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