デイトレは、「所詮ギャンブル」なのか?

「投資(投機を含む)はギャンブルではない」なんて、きれいごとを言っているに過ぎない。
結局は「勝ってナンボ」の世界なのだから、勝つ事が全てであって、それがギャンブルというものだ。
参考にして下さい。
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というメールをもらいました。
でも、残念ながら私には参考になりませんでした。
まあ、単に「ギャンブル」という言葉の定義に見解の相違があるだけ、とも言えるかも知れませんが・・・?

私にとってギャンブルというのは、

「資金が減少する可能性を理解していながら、運次第で儲かる場合の興奮を求める行為」

と理解しています。

競馬ファンは、年間で収支がマイナスになる事は熟知していても、馬券が当たった時の興奮をもう一度味わいたくて、毎週馬券を買い続けるのだと思います。
宝くじだって、購入した瞬間に値打ち(≒期待値)が半分以下になっている事を知りつつも、〇億円が当たった時の興奮や喜びを想像して、何度でも買うのだと思います。(ちなみに、毎回3万円分の宝くじを年2回買う人が3億円に当たる確率は「およそ1万年に1回弱」にすぎません。 運が良ければ数回目で当たる可能性もゼロではありませんが、運がなければ5万年買い続けても当たらないかもしれません。そして、普通の運の持ち主なら1万年前後で当たるのが妥当、という計算になります。1万年前といえば、ようやく氷河期が終わって温暖になり始め、私たちのご先祖様が縄文式土器を作り始めた頃です。人間の直感だと、控えめなな人でも「100年に1回くらいは?」と想像しそうですが、実はそれより更に100倍も当たらないのが宝くじなのです。)

一方、パチスロで生活している人は、ギャンブルでパチスロをしているのではありません。
自分の持っているノウハウを実践すれば元手が増えて、それが生活費に足るものである事を理解していればこそのプロであって、大当たりして(確変って言うんでしたっけ?)ザクザクコインが出る時の喜びを求めてパチスロしているのではないはずです。

株式投資も、トータルでマイナスである事を覚悟しつつも(覚悟していない人も沢山いるでしょうが?)、たまに買った株が大当たりした時の喜びや興奮を求めて、運まかせ程度の感覚で行うのなら、確かにギャンブルです。
しかし、月単位、年単位でプラス収支を挙げているトレーダーにとっては、絶対に株式投資はギャンブルとは思っていないはずです。
そして勿論、私がおススメしているのは「ギャンブルではないトレード」の方です。

あなたはどう思いますか?

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3 件のコメント

  • 私が思うに、
    相場においてギャンブルかトレードかの違いは、エントリー前に、エントリーポイントにおける損益レシオを把握できているか、いないかの違いだと思います。
    損益レシオを把握するためには次の3点を満たす必要があります。
    1成功する場合の成功額幅および勝率を エントリー前に把握できている(少なくとも、見立てている)こと
    2 失敗する場合の失敗額幅(俗に損切ラインと言います)、 および失敗率をエントリー前に把握できている(少なくとも、見立てている)こと
    3 1と2から期待値を計算して、納得のいくプラスをはじきだせていること。
    つまり、科学的アプローチです。
    これがトレード。度胸は必要ありません。
    ばくちとは、その瞬間における、直感のあたりぐあい、場の勢いや、流れを大事にします。
    いけると感じたら、理屈抜き。倍倍プッシュ。
    踏み出しの度胸が大事になります。
    なお、トレードの熟練により、1から3までの行為が無意識裡に行われるようになると、行為の外見は、ばくちと変わらないように見えることもあるかもしれません。
    しかし本質は違うものです。
    一言で比較すると
    確率(期待値)計算を大事にするのが、トレード
    その瞬間における運やツキや度胸を大事にするのが、ばくち。
    ということではないでしょうか。
    つまり、メールの人はもしかすると、すでにトレードに必要な行為が無意識のうちにできてしまっている人、とんでもなくうまい、トレードの熟練の人なのかもしれません。
    でもそれを熟練者じゃない人がうのみにすると大変なことになります。
    F1レーサーのドライブテクニックを真似ると大事故になるようなものです。
    まずは、型にはめたこつこつトレード。
    これがトレードの基本でしょう。
    =================================(以下、たかやん)
    コメント、ありがとうございます。
    ギャンブルが、運やつきや度胸でなんとかなる(場合も有る)ように思われているのは、胴元の作戦勝ちなだけではないでしょうか?
    例えば競馬の控除率が25%程度だとすると、これはもう運やつきや度胸でカバーできる数字ではないと確信します。
    トレードする度に平均25%の利益を発生させるトレーダーがいたら「神」ですよね。
    まあ、ありえないでしょう。
    逆に、トレードする度に25%の手数料を納めるトレードを想像してみると、どう考えても勝ち目が無いのは明白です。
    それでも、時々とんでもない万馬券レースを演出したり、スター馬、スター騎手を育てながら、耳元で「競馬はロマンだ!」というキャッチコピーを囁いて、大衆に馬券を買わせ続ける作戦を継続しているのがJRAだと思います。
    浅田次郎氏の言う「俺は、競馬で食べてきた」というのが本当かどうかは別として、仮にそういう人がいるとしても、まさに「例外中の例外」と言う他ありません。
    一方、「トレードはギャンブルだ」と感じている人は、トレードの収支が、結局は自分には制御不能だと経験的に信じ込んでいる、という事ではないでしょうか?
    トレードがギャンブルだと感じている間は、やっぱりギャンブルには違いないので、実弾発射しない方が無難だと思います。

  • またさらし者して読者にきやなおもいをさす、自分の中で
    しまえよ、読者には何のやだぜくにもたたない、みんな購入者なんだぜ敬意をはらえ、ヒデアキさん言い負かされんな。

  • こんちわっす
    良くあるギャンブル論ですが、私の意見などを述べてみます。
    例によって日本ではパチンコ・パチスロが解り易いのですが、欧米ではスポーツブックやオンラインポーカーが例としては適切でしょう。
    これらは基本的には【アミューズメント】です。
    多種多様な議論はありますが原則としてはそうです。
    これらは全てこれで稼いでるプロが存在します。
    この人達にとってはこれは【仕事】となります。
    利益的仕組みを作って、会社で従業員にやらせてる場合もあるでしょう。
    この場合はその人達にとっては【ビジネス】となります。
    大金を突っ込んでスリルに酔う人もいるでしょう。
    その場合アミューズメントを逸脱して【ギャンブル】となる事でしょう。
    各々が必ずどれかに当てはまる訳でもなく、アミューズメント7割ギャンブル3割みたいな人もいれば仕事としてプレイヤーでいる人もいますから。
    これはどれがどれと2元化する事自体無理があります。
    だから単純な2元化してみようとした場合は議論がどこまで行っても【私はこう思う】程度の意見しかありえない訳です。
    トレードも全く同じで、趣味でやってる人もいれば、ビジネスもギャンブルも有り得ます。
    だからギャンブルで無いトレードをといったたかやんさんの話は私にとっては、とても腑に落ちる話ですね。
    私もパチプロ暦もトレーダー歴もありますし、オンラインポーカーもプレーしますが、どれもギャンブルとして捉えた事は全く無いですね。
    かといってギャンブルと言い切る人を否定するでもなくそういった話も良く理解出来ます。
    まあ最終的にはギャンブルにするもビジネスにするも人それぞれって事だと思います。
    それではまた

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